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4月のメッセージ その2

皆様、お元気ですか?明玉です。4月は東京のリーディングが中止となり皆様には申し訳なく思っております。
しかし、この状況を見て決断いたしましたが、緊急のご相談がある方は電話相談やメール相談に切り替えていただき、ご協力には心から感謝いたしております。
東京のお客様は、引き続き電話相談、メール相談は受け付けておりますので何かあればご連絡ください。なお、大阪事務所はスケジュール通り開けております。大阪事務所での対面による相談は可能です。

さて、後奈良天皇のことをご紹介したく、4月のメッセージ その2をお届けすることにいたします。
 
天文9(1540)年6月、疾病終息を発願して自ら書いた『般若心経』の奥書には、現代語訳すると「このたび起きた大病で大変な数の人々が亡くなってしまった。人々の父母であろうとしても自分の徳ではそれができない。大いに心が痛む。密かに金字で般若心経を写した。(略)これが人々に幾ばくかでも疫病の妙薬になってくれればと切に願っている。」との悲痛な自省の言を添えています。
この写経は大覚寺と醍醐寺のほか、24ヶ国の一の宮に納められたと伝わっています。三河国、伊豆国、甲斐国、安房国、越後国、周防国、肥後国のものが現存しているそうです。

現天皇が皇太子時代の平成29(2017) 年の誕生日前の記者会見で、上記の後奈良天皇による般若心経奥書を西尾市岩瀬文庫で見た思い出に言及。同様に疫病に苦しんだ民を思いやり、般若心経を写経し奉納した嵯峨天皇など7人の天皇とともに、国民に寄り添う模範として挙げています。

後奈良天皇が写経奉納された神社やお寺を調べましたが、下記に記載する場所が今でも、後奈良天皇のお気持ちが色濃く残っていると思われます。
是非ご参拝願って疫病退散を願う天皇の思いとともに新型コロナウイルスの鎮静化を心から祈りましょう。

①曼殊院門跡:京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42
天文10(1541)年全国66ヶ国にこの般若心経の奉納を思い立たれ、そのうちのひとつ安房の国、今の千葉県に納められたものらしく、末尾に安房国とある。全国に現存している7つのうちのひとつであるが、この天皇の在位中に、天災、飢餓、疫病が流行し、また皇室もそのくらしが不自由であったにもかかわらず、万民のしあわせを念じての写経であったらしく、奥書の願いの一文が心をうつ。という紹介があります。

②上杉神社:山形県米沢市丸の内1-4-13
天文の乱の末期の天文13(1544)年、越後守護代・長尾晴景(謙信の兄)に、後奈良天皇が与えたものと伝えられる。 越後の平穏と豊作を願って下賜したといわれているそうです。

③西尾市岩瀬文庫:愛知県西尾市亀沢町480
西尾市岩瀬文庫は、明治41年に西尾市須田町の実業家である岩瀬弥助が、本を通した社会貢献を志して創設した私立図書館として誕生。戦後に西尾市の施設となり、平成15年4月に日本初の「古書の博物館」としてリニューアル、平成20年5月6日には創立100周年を迎えた博物館。
本資料は全国各地の社寺に奉納したうち三河国に奉納された分を岩瀬文庫創立者の岩瀬弥助が京都の古書店から購入したもので、表装は後補であるが、木軸の中に当初のものと思われる水晶の軸首がはめ込まれている。
ちなみに、現天皇がご覧になったのはこちらの般若心経。
『2016年8月7日(上皇様が譲位、ご退位への流れを作ったビデオメッセージが収録された日)に現天皇陛下は後奈良天皇の写経を愛知県の岩瀬文庫でご覧になっています。
そして翌年2017年のお誕生日会見で、この写経について触れられています。』と紹介しています。

④周防国分寺:山口県防府市国分寺町2−67
本書は周防国に対するもので、烏丸光豊(からすまみつとよ)が使いとして国分寺に般若心経1巻が寄進された。諸国の寺に寄進された内で現存するものは9巻しかなく本書はその中の1巻。ご本尊は、室町時代の薬師如来坐像。とのこと。

⑤醍醐寺:京都府京都市伏見区醍醐東大路町22

⑥伊豆山神社:静岡県熱海市伊豆山708-1
仁徳天皇・清寧天皇・推古天皇・孝徳天皇・後奈良天皇の勅願所とされたといい、後奈良天皇が奉納された御宸筆の紺地金泥般若心経は重要文化財に指定されている。
諸国の一の宮に納められた宸筆心経の中、伊豆国あてのものとされている経。伊豆国一の宮とは三島大社のことだがなぜ伊豆山神社に伝承されたかは不明。と触れています。

⑦西巖殿寺(さいがんでんじ):熊本県阿蘇市黒川1114
古くから阿蘇山修験道の拠点として機能し、九州の天台宗の中で最高位の寺格を持つ寺院のひとつ。
戦国時代の武将、阿蘇 惟豊(あそ これとよ)は肥後国の戦国大名で阿蘇神社大宮司である阿蘇氏。天文9(1540)年、後奈良天皇宸筆の「般若心経」を受納し、阿蘇上宮に社納したという。と解説があります。

⑧大覚寺:京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
心経殿(しんきょうでん)は、奉納された般若心経の写経を納めるための建物。1925(大正14) 年に木造の八角円堂を鉄筋コンクリートで建立。内部には嵯峨天皇、後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、光格天皇の直筆の般若心経が収蔵され、薬師如来像が安置されている。内部は非公開で、開扉は60年に一度。前回は2018年10月に開扉。とのこと。

⑨浅間神社(あさまじんじゃ):山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684
本経は天文19(1550)年に聖護院門跡の道澄により甲斐へもたらされ、甲斐守護・武田晴信(信玄)により一宮へ奉納された。
いつ描かれたものか不明ですが、写経をする後奈良天皇の絵もあります。この絵ではマスクのようなものを装着されておりますが、これは神職などが貴重品を取り扱う際にもよく着けるので疫病予防の為のマスクではない。との解釈付きでした。

温故知新。
今も昔も思いはひとつ。なんとかこのコロナパンデミックを乗り越えていきましょう。

令和2年4月21日
明玉

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