内山明玉オフィシャルサイト

ホモアンジェリカ・セッション

いにしえのエネルギーが最も残る、諏訪 そして、ゼロ磁場は原始地球のエネルギーを宿していた

明玉氏の案内と指導によって繰り広げられた、諏訪と分杭峠へのツアーセッションは、ツアーというスタイルでは、日本で初めて行なわれた記念すべきセッションです。そこで、これもまた初の試みとして、このツアーに同行取材した記者によるレポートをお届けします。龍穴開けを目的のひとつとしている、今回のホモアンジェリカ・セッションの全体像と、参加者のみなさまの変化や次々起こる不思議な出来事などで織りなされた美しくもパワフルでわくわくな時空間の詳細を、そういう世界にはまったくドシロウトな記者が綴ってみました。

はじめに編

ツアー1日目

ツアー2日目

下調べとセッションのための“掃除”を終え、 諏訪でのコースは大幅に変更へ

諏訪にはツアーセッションの前日に入り、リサーチ。 もちろん、たんなる下見ではなく、スピリチュアルな調査です。

明玉氏と記者は、ツアーセッション(11月22~23日)の前日に、下諏訪に降り立ちました。早速、駅からタクシーに。行く先を「上社前宮」と告げられた運転手さんは、ほとんど人が降りなかった下諏訪駅にこの2名が降りてきて、いきなり、このような行き先だったので、いぶかしげに「あんな地味なところ、ですか?何にもありませんよ。」とのこと。「大丈夫です。観光じゃないので。」と答える明玉氏。車中では、いわゆる観光地のタクシー運転手さんならではの、諏訪大社や御柱祭についての説明やここは周らなきゃ損ですよ的なご案内コメントなどが続きます。そんななかで、諏訪大社の下社秋宮と下社春宮についての説明があり、なんでも、季節は春から秋になったので、秋宮に移ってしまいましたよ、とのこと。「何が移ったのですか?」と記者が尋ねたはずなのに、そんな当たり前の話には答えられない、というような空気。「だから季節で移るんです。」と運転手さん。(きっと神様のこと?:記者)
そんなこんなで到着した上社前宮は、静かなる山あいにたたずむ神社で、道すがら、七五三のお祝い参拝者などで賑わっていたその他の神社とは、あきらかに一線を画す雰囲気でした。
「なるほど。(全体を)周ってみましょうか。」と明玉氏。
前宮のほとりには、小川がくねるように流れ着いていて、「水眼(すいが)」と呼ばれている、という立て札がありました。
明玉氏によると「現在の一般的な神社は、手水舎(てみずや。ちょうずや)で手を清めることによって身を清めるというシステムになっているけれど、前宮のそれは、この水眼によって手を清めてお参りするというカタチ。これこそが、社(やしろ)の真の姿、原形です。」と解説してくれました。
その後、社の傍らに立つ前宮一之御柱をいとおしそうに触れる明玉氏。そして、前宮一之御柱から、二之御柱、というふうに四つの御柱へのご挨拶が始まりました。

  

「さあ、これで“掃除”は終わり。   あとはみなさんのオーラを観て、決めましょう。」

明玉氏は、着々とスピリチュアルな調査を進め、前宮の諏訪大社周辺を表した全体地図を見ながら「(セッションで周るのは)水眼と、ここ(前宮)だけでいいみたい。でも今日は下社秋宮が呼んでいるので、そこで締めて、これで“掃除”は終わり。」とのこと。前宮の関係者に話を聞き、1キロ先の山の中に水眼の源流があると聞き、「そこでお水取りをしようかな。」というプランが、前宮を周ることによって浮かんできた様子です。
「あとは、明日のみなさんのオーラを観て、決めましょう。」と明玉氏。
「山の中に行けるほどの天気かどうかにもよりますしね。」と記者が言うと、くすっと意味深な笑顔。だいたい、この日の天気予報自体、そして、セッションが予定されている2日間ともに、予報は雨。取材側としては、やはりそれがいちばん気になるところなのは、当然なのですが!この日の天気はびっくりするくらいのピーカンで、前宮から眺める八ヶ岳は、青空の下、尾根のすべてがくっきり鮮やかに見え、そのすべての美しいお姿を我々に見せてくださっていました。明玉氏は「岩永姫だあ。ありがとう。本当にきれいやわあ。」と八ヶ岳を眺めながら話します。
「何ですか?イワナガヒメって。」と当然尋ねてしまう不勉強な記者。 お話では、岩永姫が八ヶ岳を守り、富士山はコノヤサクヤヒメが守っているそうな。コノヤサクヤヒメは、とても美しい方で、でも短命だったそうで、片や岩永姫は、美人ではなかったけれど長生きをしてらっしゃり、対極にあるようなおふたりなのだけれど、明玉氏のもとには、いつもセットでやってくるので、八ヶ岳と富士山はつながっているのかもしれない、のだそうです。

  

実は諏訪には、2年前から呼ばれていた。 そして、この日、下諏訪に着いたときから、秋宮に呼ばれていた。

さて、それでは、下社秋宮へ向かいましょう。ということになったけれど、前宮で話していらした「下社秋宮が呼んでいる」とはどういうことか、尋ねた。
「下諏訪に着いたときから秋宮に呼ばれていたの。絶対に行くから待っててください。その前に、上社前宮に行かせて、とお願いしていたの。」だそうです。
「実は諏訪には、2年前から呼ばれていた」のだとか。日本のレイ・ラインであるフォッサマグナと中央構造線について調べると、必ず諏訪が出てきていて、ずっと呼ばれているのを感じていたのだそうで、諏訪はスサノオつながりである、と。古き日本についていろいろ調べていくと、ことごとく諏訪というキーワードが出てきて、そのいちばんの軸がスサノオ。スサノオは、アマ族―いわゆる「出雲族」の代表です。
「国づくりの話の中にも、国ゆずりの話の中にも諏訪が登場するし、秋宮の締め縄は出雲大社とよく似ているでしょ。」(そうなんだ。:記者)
全国の諏訪大社の関係者たちが一堂に介するのも秋宮なのだとか。

到着した下社秋宮の締め縄は、なるほど、出雲大社の締め縄にそっくりでした。(駅伝で観たことある。:記者)お社は、堂々とした雰囲気と清々しい空気感に包まれ、門外漢の記者にも、気がよさそうなところだな、というのがわかるくらい。ふと、この締め縄をオサえながら、お社脇の通路が撮りたくなり、なんだかよくわからないうちにシャッターを切った。そのときは、何も写っていなかったのだけれど、あとで確認したところ、妖精が写っていたのです!
ほんとに、びっくり。
ホモアンジェリカ・セッションの巡礼の旅で、撮ってきた写真が変化する、というのはこういうことお~~お?という感動体験でした。

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